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2012年3月7日水曜日

カウンセリングで得たもの

体調を崩したせいで仕事はぐちゃぐちゃだったけどなんとかやった。
大学も卒業した。

会社の人のサポートもあってだんだん仕事をこなせるようになった。

相変わらず薬は飲んでいた。

なんか良い方法が無いものか調べていたら、産業カウンセラー養成講座が目にとまったから申し込んだ。

初めは軽い感じだった。
でも、自分のことを書く課題があって自分が死にたがっていたことを書いた。
それを発表した。


軽い感じだった養成講座がその日から凄く締まったものになった。
カウンセラーとなって話を聞いたりクライエントとなって話した。

本気でやった。自分の思考を明確にしていった。
養成講座のみんなも最高だった。

講座が終わってから毎回飲みに行った。楽しくてしょうがなかった。
なんか気づいたら生きるのが楽しくなってきていた。

養成講座が終わった。
薬も朝晩しか飲まなくなっていた。睡眠薬は飲まなくても良くなっていた。

ちょうどその頃、職場の仕事がきれた。
リーマンショックで仕事がなくなって会社が契約を取れなくなっていた。

仕事を辞めた。
薬も飲まなくて平気になった。病院に通わなくても良くなった。

養成講座でクライエント役の時に話しをしてまとまった考えを実践に移すことにした。
秋田に帰って精神保健福祉士の資格を取ることにした。


鬱で社会からボコボコにされた恨みを晴らそうと思った。

人の為になんか働かない。
対人援助職というけどそんなの関係ない。
自分のために働く。

精神疾患の人が社会復帰することが私の社会に対する復讐。
精神疾患の人を排除するという社会をぶっ壊すことが復讐。


絶対にこの復讐は果たす。

2012年3月6日火曜日

ぶり返す

埼玉に来ても薬は飲んでいた。

でも寛解で飲んでいれば平気だった。
初めは研修だったから何とかやれた。リハビリにもなってちょうど良かった。

ところが、住むところを指定しておいて配属されたところは片道2時間以上かかった。電車の乗り換え2回。さらにバスに乗り換えだった。下りだったから電車もバスも待ち時間が長かった。

遅番でも朝アパートを出る時間が早番の時と変わらなかった。
仕事が終わってもバスが無いから1時間以上待った。

結局アパートに着くと23時とかだった。
契約が違った。というか決めた人がバカだった。
その人の上司が謝ったけど時すでに遅し。
体がまたおかしくなってきた。


仕方ないからまたIT土方の仕事を始めた。
今度の会社は理解があったからかなり配慮してくれた。

その年は天気が悪かった。しょっちゅうゲリラ豪雨だった。
気圧が変わりすぎて体調が崩れまくった。

そのとき通った精神科の先生は薬をガンガン出す先生だった。体調が崩れたこともあって思考できず言われるままに薬を飲んだ。一日20錠くらい飲んだ。

頭がおかしくなって救急に担ぎ込まれた。
記憶が飛んだ。感情が平板化した。計算ができなくなった。覚えられなくなった。
その精神科の医者は最低な医者だった。

東京にいたときに通っていた医者に変えた。
薬が半分以下に減った。
少し記憶が戻った。感情も少し戻った。計算は複雑なのはやっぱりできなかった。覚えることは難しくなっていた。ほんの少し前にしたことも直ぐ忘れるようになった。



2012年3月5日月曜日

リハビリ

秋田に通った心療内科の先生はいい人だった。
食い物にしなかった。

色々手こずったけど薬が合うようになって少し動けるようになった。
本もほんの少し読めるようになった。

だからリハビリを始めた。
図書館に通うリハビリ。朝9時過ぎの電車に乗って図書館へ。
本を開く。ちょっと読んだだけで思考停止。昼間で寝た。

昼に作って貰ったおにぎりを食べて。また寝た。
3時くらいに少し頭が働き出したから、5時くらいまで本を読んだ。

5時過ぎたらまた頭が働くなったから帰った。
その繰り返し。

そのうち頭が働き出したからユーキャンでファイナンシャルプランナーの勉強を始めた。
あの分厚い本持って図書館で勉強した。

気がついたら全部終わってた。
試験を受けたら実技が受かって筆記が落ちた。
次の試験で筆記も受かって資格を取った。


また手持ち房になったから、通信制の大学を始めた。
なんか気づいたら単位を取ってそこそこのとこまで来ていた。

でも、お金が無くなってきたから働くことになった。
県内では決まらず、また県外へ。埼玉で働くことになった。

2012年3月3日土曜日

廃人

仕事を辞める前、体が痛くて整骨院に行っていた。
どうにも原因がわからなかった。

そのうちどんどん具合が悪くなってきて、整骨院の人から「これは筋肉や骨からじゃないね」と言われた。心療内科を勧められて言ったら鬱だった。

薬を飲んだら少し楽になったけど時すでに遅し。
そんなわけで仕事を辞めて秋田の実家に帰った。

帰ったというか連行された。
帰ってからしばらくしたら何もできなくなった。

昼に起きてご飯を食べて寝る。晩に起きてご飯を食べて風呂に入って寝る。昼に起きてご飯を食べて寝る。晩に起きてご飯を食べて風呂に入って寝るしかできなくなった。ご飯は食べさせられたから食べた。食べたくなかった。食べないとどんどんやせていくから無理矢理食べさせられた。

本を読もうとしたら1行も読めず倒れた。生きているのが苦痛だった。考えることもできずただ苦痛だった。

死にたかったけどできなかった。家に人がいて絶えず見に来るから。


そんな生活が半年近く続いた。

鬱が発症した日

就職氷河期で仕事が無くて、12月にたまたま学校に来たIT土方の求人をみて受かったのがすべての始まり。
その年の4月には東京でIT土方の仕事を始めた。
仕事は何故か1年目は残業代が出ない。なのに23時まで仕事して終電で帰るというもの。

仕事だけならまだしも、同期がネットゲにはまって廃人に。会社に来ないのを何故か私が起こしてから来ることに。ベルならしても起きない。携帯に電話しても出ない。ほっといて出社したら怒られた。

ここあたりからキリキリしだした。


そのうち仕事が変わって管理の仕事をすることに。1年目で。その仕事は前に先輩たち2人がやらかしたやつで他にやれる人がいないからと私に来た。

ここでもキリキリ。それでもしっかりやった。

次は前任者が投げ出したものを引き受け。
それでもその人が側にいたから聞いたら、「もう俺の手を離れたから知らない」とかほざく。

ここでもキリキリ。それでもしっかりやった。


次はスケジュールが1ヶ月以上遅れた仕事の助っ人。
助っ人に入った次の日、その仕事をしていた先輩行方不明。その先輩と一緒にいた上司仕様理解しておらず使い物にならず。現場の元請け逃げて会社に来ず。後輩1年目なので使い物にならず。
そこのコンピュータ言語使ったこと無かったけど、仕方ないから1日で覚えて次の日から仕様書きながらプログラムを書く。テストは後輩に丸投げ。毎日始発終電。

ここでもキリキリ。スケジュール1ヶ月で遅れを取り戻した。



次は楽な仕事だった。
でも体も頭もボロボロだった。

会社に行っても考えることができずパソコン開いてもキーが打てない。
午前中は休憩室でずーっと寝てた。考えることができなかった。
午後になって少し考えることができるようになって仕事をやった。

でもそのうち吐き気が止まらなくなった。
電車を待っていると飛び込みたくて仕方がなかった。

飯も食わなくなった。食っても吐いた。
体重が減った。顔色が悪かった。死にたかった。

だから仕事を辞めた。